クスコ
目覚ましが鳴ったのは、まだ夜明け前であった。フロント集合には少し早かったので、外に出て街角にボケっと立っていたところ、パトカーがやってきて、この不審な外国人に興味を示した様で、近づいて止まった。「日本人旅行者だよ。」と言いながら後ろのホテルを指さしたところ、そのまま走り去った。
夜明けのホルヘ・チャベス空港に向かう。このホルヘ・チャベスと言うのは、まだペルーが南米の強国であった頃、初めて飛行機によるアルプス越えをやってのけた人の名で、帰国時にはペルー国民に熱狂のうちに迎えられた。(ガイド氏談)
空がすっかり明るくなった頃、こじんまりした飛行機で、クスコに向かう。リマ上空を覆う雲の上に出れば、万年雪を頂いた険しいアンデス山脈が見える。のかと思ったら、所々雪山が散見するだけの、どちらかと言えば山地というイメージであった。その雪山がどれも5〜6千m級で、富士山とは比較にならない位高い山であることは、後で知った。
再び雲の下に出ると、湿っぽい黄緑の草に覆われた山地が、眼下に見える。よく見ると人の手が加えられた土地の様だ。リマを出発して1時間半。雲の底面と山地の狭間を徐々に高度を下げ、クスコに着陸した。
添乗員氏から高山病にならないよう、とにかくゆっくり行動するように注意を受けていたのだが、飛行機を降りたら空気が薄いのはすぐに判った。歩き出すとすぐに息が荒くなってきた。神経質な質なので、そういう気がするだけなのかもしれないが。
欠けたすり鉢状の土地、つまり一方が開けた盆地の底にある空港から見える周囲の街は、リマとは全く異なり、赤土の壁あるいは茶系の屋根が街全体のトーンを決めていた。そしてそれを取りまく緑の丘。

空港のトイレは男女一室ずつあって、中は意味もなく広い。女子用が中から鍵が掛からないところを見ると、こちらでは排泄行為はそれほどタブーではないということか?
赤道に近いところではあるけど、寒い。上着を出そうと待っている私のスーツケースが一番後から、それも随分遅れて出てきた。他の皆さんを待たせながら上着を着込み、外のバスに乗り込むと、運転席の隣に髭を生やした東洋人らしいおっさんがいて、ニコニコしながら「どんなに立派な上着を着てくるのかと思ったら、大したことないね。」といきなりのご挨拶だ。余計なお世話ではあるが、その通りでもある。政情不安地域で安全にすごせるように、選りすぐってきたない格好で来たのだ。
このくだけたガイド氏、篠田さんという日本人で、風貌は新宿あたりにいるフーテンのおじさんか、山小屋の管理人といった感じ。こちらに来て、もう20年になるそうだ。
バスが走り出して街中に入ると、住民は圧倒的にインディオが多いことに気付く。誠に申し訳ないのだけれど、どの顔も皆、ガイドブックの写真に載っていたのと区別が付かないくらい特徴が似ている。血が濃いのではないか?と疑いたくなる程似ている。
欠けたすり鉢の坂道をしばらく登って行くと、クスコの中心部に出る。建造物は全て、インカを征服したスペイン人が建てたものだから、あまり興味の対象にはならない。

今日は土曜日なので、街の様子は平日の賑わいとはまた違ったものだそうだ。所々に兵士が立っている事を除けば、いたってのんびりした街の様に見える。街中で木の扉に大きく書かれた「AIWA」の文字が忘れられない。そういえば、リマの電気屋でも、親会社のSONYとAIWAは、同格いやAIWAの方が扱いが上だったかもしれない。
鉄道を見降ろす陸橋の上から、線路に沿って並んでいる密輸品バザールを見たが、降ろして見学はさせてくれなかった。ペルー御禁制の商品とはいったいどんなものであろうか?それとも単に関税未払いというだけのことか?行ってみたい。

欧州風の石造りの街を更に上に抜けると、家がまばらで赤い土のむき出しになった道に出た。と思ったらいきなりその先が道路工事中で、一旦クスコの市中に戻るという大回りの迂回を余儀なくされた。空港からここまで、平らな道は無い。全て坂、坂、坂だけである。
走っている車はボロばかりではあるが、さすがにリマの様にスクラップ同様のは少ない様だ。この坂道だらけの街では使いものにならないだろう。
先ほどの工事中の少し先に出ると、そこからはつづら折りの坂道をひたすら登るのだが、この沿道の家屋は裕福という感じではない。しかし子供は元気で、猫の額の様な場所でサッカーをあちこちでやっていた。

私は見なかったのだが、老婆が道端で人目も気にせず、いきなり尻を出し脱糞を始めたそうで、ツアーの何人かが口々にそう言うのを聞いて、空港の鍵無し女子トイレの理由が、なんとなく判った様な気がする。
更に上に登って行くのだが住居は切れ間無く続く。さぞかし不便な生活なのだろうと思うが、TOYOTAやNISSANといった日本の小型トラックが乗合で頻繁に走っているので、買い物はなんとかなりそうだ。荷台の荷物は人間が圧倒的に多い。
わりと新しい街灯がどこまでも続いている。ガイドの篠田氏によれば、設置されたのはここ数年の間のこと。以前は真っ暗だった。
やがてクスコのすり鉢の淵にあたる頂上を極め、いつしか街灯も姿を消していた。
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