4月28日

ロセンジェルス→メキシコ・シティ→リマ

 ロセンジェルスからリマまでは、アルゼンチン航空で8時間強かかる。

 成田からサンフランシスコまでの、日本語アナウンスのあったここまでの便とはうって変わって、説明等はスペイン語で、英語が補助になる。雑誌もスペイン語ばかりで全く解らない。「いよいよラテン語圏に入って行くんだなぁ。」と、わくわくしてきた。

 乗客もいかにもラテン系といった顔つきが多く、彼らは一様に荷物が大きかった。それは丈夫な黒い布製のバッグなので、空港での乱暴な扱いでスーツケースの様に投げられたら、中身は一たまりも無いだろう。

 簡単に切られて、中身を取られる可能性も高い。だからといって、「手荷物」というには、いささか大きいと思うのだが。スーツケースというのは、以外と贅沢品なのかもしれない。

 座席のシートが布張りからレザー張りになった。同じジャンボでも、グレードが下がったらしい。日本の国内線でもこんなに安っぽいシートに乗ったことは無い。「南米の国力」「コストと採算」等を考え併せると、仕方がないのかもしれない。

 尻の痛みに、今度はムレムレが加わった。防衛策としては、毛布をもう一枚もらって座布団の代わりに敷くことにした。

 ところで、機内に乗り込む時に、入口にはスチュワーデスがいたはずなのに、姿が見えない。男性つまりスチュワードばかりだ。別にサービスそのものは変わらないし、それどころか彼らの動きには、一流ホテルの様なプライドさえ感じられた。どうもスチュワーデスは、ファーストクラスの方にいるらしい。時々姿を見せるのだが、どうも動きがガサツで乱暴(対日本国内比)であることからして、これは絶対に国営航空会社だと思う。言い過ぎだろうか?

 関係ないけど機内食はおいしかった。運動不足で、段々と体がクリスマス前の七面鳥になっていくのが判る。

 前方スクリーンには、現在地点の地図が示され、南北アメリカ大陸から1000km単位まで3段階にズームインし、続いて「巡航速度」「気温」「高度」などのデータが表示される。退屈な機内に於いては、これは嬉しい。

 約3時間で、給油の為にメキシコ・シティに到着。通関はさせてくれないので、空港の中で1時間待たされた。それでも行ける範囲の探検はさせてもらった。

 免税店を片っ端からヒヤカシて回る。日本の電気製品が陳列シェアナンバーワンであった。しかしどう見ても型が1世代前の旧式が多く、自分もメーカーに勤める者として、その理由についてはあれこれと思いを巡らさずにはいられない。

 トラベラーズ・チェック(T/C)を一度使ってみたいと思い、乾電池をこれで購入してみた。ところが、見習い女性が担当するレジに並んでしまった為に、思いきり手間取って待たされてしまい、私のいるレジだけが長蛇の列になってしまった。まるで私が悪い事をしている様に、皆さんの刺すような視線が痛い。

 待合い時間も残り少なくなった頃、どこかラテン系の国の団体添乗員らしき人から、「エスパニョーラ?」と聞かれた。ウ!成田に続いて2度目だ。「ノン!ハポネス!」「Si」。国籍不明人に間違えられたのも印象に残るが、初めてスペイン語の会話が出来た事の方が嬉しかった。 日本人であることがバレなければ、結構危ないところにも、行けるかもしれないと思う。

 集合の時間になり、時計をメキシコ・タイムから、ペルー・タイムに進める。

メキシコからも乗客があったので、満席になっていた。私の隣には、かなり体格のいい男性が座った為に、私も彼もお互いに窮屈だ。彼はその太い腕を組んだまま、降ろせなくて困っていた。

 既に肩幅だけでも隣の席の領空侵犯なのだ。気の毒に思い他に空いている席は無いかと見渡すと、通路を隔てた並びに、私より一回り年長に見える細身の日本人男性が座っており、その隣が空いている。早速交渉して私がそこに移動する。

 中井さんというその方は、既に世界を見て歩いてるそうで、リマまでの5時間、話のお相手をして頂き、旅の経験談に始まって趣味や家族の事や政治問題まで、実に多くの事を語り合った。なかなかすてきな紳士だった。

 私を挟んで中井さんの反対側には、メキシコから乗ってきたパラグアイ人の賓のいいオバアチャンが、さかんに話しかけてくる。しかし、スペイン語は全く解らないので、こっちも日本語で話しかけてみた。思った通り全然通じない。この奇妙なコミュニケーションは、リマまで延々5時間続いた。


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