ロセンジェルス

 私の目には砂漠に見える土地に、碁盤目の様に整然とつくられた計画都市だ。先日二人の若い日本人が射殺された町。

ホテルにチェックインした後は自由時間で、夕食は個別にすることになっている。まだ日も高いので、少しアメリカ見物ツアーに行こう!と言ったら、3人の女性が同行することになった。世界を渡り歩いてる人でも、アメリカは初めてという場合もあるんですな。

 この3人と、その時「チャイニーズシアターでしょ?大した事ないわよ。」と教えてくれた女性を加えた4人のお姉様は、私の今回の旅行を思いきり楽しいものにしてくれた、すばらしい仲間になった。

いずれにせよ、どれくらい「大したことがなくて、つまらない所」なのかは、やはり行った者でなければ判らないこと。私たちには、ますますそこに行かねばならない使命感の様なものが生まれた。ちょっと大げさか?

 他の人達は、夕日が美しいと言われる、近くのヨットハーバーで夕食をとるそうだ。最後は我々も、そこで食事をすることになるのだけど、とにかくタクシーをつかまえて、怪しい英語でハリウッドの観光地を指示した。午後3時。(日本では4月28日の朝7時)睡眠不足で、若干Highになっていた。

 TVや映画で見たハイウェイを走って、ハリウッドに向かう。途中で何度か合衆国の国旗が半旗になっているので、ドライバーに尋ねたら、ニクソン元大統領の死に対してだという。「偉大な人だったね。」と言ったのだが、ドライバー君はそうは思っていない様だ。語学が全くダメな私が、英語と身ぶり手振りとハッタリで会話をしている。これはすごい事だと、自分でそう思う。

 ドライバーの彼はメキシコからの移民だと言うが、少し怪しい。そのへんの事情を聞こうとするのだが、要領を得ない。また運転席に書いて有るドライバーの名前で呼ぶのだが、反応が遅い。そういえば、ここはメキシコの国境が近かった。国境警備のいい加減さは、話に聞いているし、毎日大勢の違法流入者がを出すある場所では、違法出国者相手の売店まで出る始末だ。細かいことは、まぁいいか。

 有名人の手形や足跡が残されている、チャイニーズシアターでは、サインが読めず、誰のモノなのかがよく判らない。他の日本人ツアーの、ガイドの説明がよく聞こえるので、コレ幸いと耳をダンボにして聞いていた。

 中腹に「HOLLYWOOD」と書かれた丘の下で、これをバックに記念撮影。道路の真ん中で車を止めて、だ。このずぅずぅしさ。ああ、僕って日本人!?

 ダウンタウンは、恐いので行かなかったが、後で考えてみると、タクシーの中から見るだけでも行って見たかった。

 古いTVファンならお馴染みのサンセット77通りだと、ドライバー君が教える。小さい頃、主題歌のあれをやりたくて、子供のくせに指パッチンを覚えたのだ。タイトルの一節をやったら、彼は満足そうに握手を求めた。

 ビバリーヒルズの豪邸を見物する。同じ様な家は一軒も無い。どの家も確かに金は掛かっているが、周囲との調和も忘れてはいない。日本と違うのは、セキュリティーの問題で表札が出ていないこと。パトロールカーが頻繁に周回していた。街のあちこちで見た、日本では見かけないたくさんの紫の花をつけた木が印象的だった。

 そろそろ夕刻。ラッシュアワーのハイウェイを下って、マリーナ・デル・レイというヨットハーバーに向かう。その手前には、名前だけ聞いたことのある、サンタモニカがある。ちょっと寄ってみようかな?と思って、後ろの3人に「ねぇサンタモニ...」。おっと、既に気持ち良さそうに寝ていた。日本時間では4月27日の34時だ。無理もないか。

 夕暮れと言うには、まだ明るいヨットハーバーには、次々とヨットがセイルを休めに帰って来る。ここで既に早めの食事を終え、ホテルに帰ろうとしているツアーのメンバーと出合った。例の4人目のお姉様を拐って、私たちの食事に付き合わせた。

 フィッシャーマンズ・ビレッジという、小粋なレストランとみやげ物屋のある、地元の手軽なレジャーコースといったところ。このレストラン、外見はほっ建て小屋かバラックの様だが、中はしっとりとしたムードで、かっこいいのだ。おまけに安い!そして料理のボリュームたるや....

 一品料理を二人一皿注文しようとしたところ、既にここで食事を終えて帰ろうとしたところを我々に拉致されたお姉様の安藤さんが、「あんた達そんなにそんなに頼まない方がいいわよ」と言う。我々はその意味を腹で理解する事になる。一品料理のつもりで頼んだ料理は、5人前盛り合わせというべきボリュームで運ばれて来た。

 味は細やかな味付け等とは程遠く、日本人の私には美味しいとは思えなかったが、店の従業員も我々以外の客も、気さくで楽しい雰囲気だった。というか、私と一緒に居た中年のお姉様達が凄いパワーなので、その勢いに圧倒されていたのかもしれない。

 これからの2週間、この5人が大いに盛り上がる事を予感しながらの、笑いっぱなしの夕食。その後、ホテルまでのタクシーを手配したのも、私であった。タクシーの運転手との通訳でヘトヘトだったアランちゃんは、しっかり使いっ走りまでやっていた。

 タクシー会社は、この英語の話せない東洋人の現在地を理解するのに、何人も電話の向こうで交代して大騒ぎになっていたのだが、それでも10分以内でこのやっかいな客の居所に到着した。

 ホテルに着いた。神経が疲れていた。目を開けていられなかった。それでも眠りは浅い。本格的な眠りにつけたのは、40時間もの長〜い4月27日が終わった頃....だったと思う。

 TVのCMでは、トヨタの高級車が「スタイルが変わらない事」を訴求していた。サイクルの短いあの日本車がねぇ..信じられんことだ。

 明日は更に地球を1/4周して、いよいよペルーに向かう。


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