サンフランシスコ→ロセンジェルス

 サンフランシスコまで12時間強。国際線は少しは座席が広いのかと思ったら窮屈だな。昼寝でもするか。おいおい、そこのインド系の家族!赤ん坊を泣かすな!

 え?いきなり夕食か?あ、そうか、機内ではもうサンフランシスコ時間なのね。ということは、これは昨日(4月26日)の夕食ということになるらしい。

 私の時計はカシオ製で、アナログ時計の文字盤の中に、デュアルタイムのデジタル時計も付いているので、合計3つの時計を持っている勘定になる。今回の旅行では、これが本当に役に立った。針をアメリカ西海岸時刻に合わせ、デジタルをペルーに合わせ、3つ目は日本標準時にセットした。

 地球の自転に近い速度で、反対周りをしているせいで、黄昏を迎えたと思ったら、たたみこむ様に夜が訪れた。興奮のせいだろうか?よく眠れない。仕方がないので、時差への対応策として、4月27日を約40時間で過ごすということに決めた。

 仕事上、国内線は何度も乗ったことはあるけど、約12時間も同じ席に座っているなんて、初めてだ。語学と忍耐力が国際人の条件であることは、尻の痛みでよく判った。やれやれ、偏西風に助けられるにせよ、帰路の尻の痛みを考えると、アメリカ大陸に永住しようかとさえ思った。それほど苦痛だった。

 機内食はなかなか美味しかった。しかしずっと座ったままなので、フォアグラ状態になっていた訳で、サイズを間違えて一つ大きなサイズのGパンを買ってしまったのが幸いした。

 短い夜が明け、やがて高度が下がり、窓の外には海岸と砂漠の様な乾いた土地に、広いハイウェイが見えてきた。「フーン..これがアメリカなんだ...」

サンフランシスコは、合衆国への入国手続きと、ロスへの乗換だけの為に立ち寄っただけで、空港の外には出ている暇が無かった。坂道を走る市電。チャイナタウン、ゴールデンゲートブリッジ、これらはまたの機会ということで....いつ来れるか判らないけど。

 駐車場には、日本では絶対に実用にならないであろう、長大なVIPカーが何台も止まっていた。日本車も多い。

待合いの時間に、ツアーの何人かと話を交わす。成田では緊張していたので、あまりメンバーの構成には気がつかなかったのだが、改めて女性が多いのに気がついた。

早くも気さくな人のグループが、できあがりつつあった。私も幸いその仲間に入れてもらうことが出来たのだが、F1のアラン・プロストに似ているそうなので、ここから以降は、私はみんなから「アラン」と呼ばれることになる。

 ロスに向かって飛び立つ国内線の窓からは、砂漠の様な郊外が見える。そして、あれは!サンアンドレアス断層だ!多くの大地震を引き起こす、あの有名な断層が、科学雑誌に紹介された通りの構図で目の前に展開し、空路に沿ってどこまでも続いていた。深い傷を負った肌の様な。何万年も経てば、此処も大山脈になるのだろうか?おもちゃの双眼鏡が役に立つ。ふいに沢山の空の羊に取り囲まれたと思ったら、このすばらしい眺めに幕が引かれた。

 雲海の上に出れば、カリフォルニアの青い空。時おり雲の間からは、ベージュ色の土地が不愛想に顔をのぞかせた。西部劇のロケなら、どこででもできるな。1時間半後に、再び羊の群れに取り囲まれながら、くもり空のロスに着いた。


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