ワイナピチュ山に挑戦
夜明けの薄紫の微睡みの中に、湿った空気の音が聞こえる。どうやら昨夜からの雨はやんでいない様だ。日本を発ってから6日目になるのに、一度もぐっすりと寝たことが無い。このままで体力が持つのか心配になる一方で、こんなに多くの事を考えたり見つめ直したりできるなんて、これもまたこの旅行で得た財産であったりもする。
とりあえず、私の体は虫に刺された様子もなく。改めて清潔なベッドメイクをしてくれた従業員には感謝しよう。
朝食を済ませた後、昨夜真っ暗な中を歩いたマチュピチュ駅までの線路を再び辿った。スーツケースはクスコのホテルに置いて、一泊の用意だけで来ているので、身軽ではあるが、逆にその荷物を持って遺跡を巡り、今日は登山までしてしまうのだ。
私は今回の旅行に傘を持って来なかった。ペルーの首都リマには全く雨が降らないということだったのでナメてかかったのだが、もう3回も降られている。少し大きめのレインコートが頼りである。しかしショルダーバッグを掛けた上からのレインコートは、窮屈で動きがかなり制限されてしまう。
駅で遺跡まで上がるバスを待っている間に、雨は土砂降りになってきた。雨宿りをしている間に、地元の人々が皆ビニールのポンチョをまとっているのに気が付いた。みやげ物屋兼雑貨屋のおばさんに訊ねると、おいてあるというので、早速買って着てみる。これが非常にグッドで、ショルダーバッグをかけた上からでも苦にならないし、動き易い。ただ、どう見ても黒いゴミ袋をまとっている様にしか見えず、後から写真で見ても格好はよろしくない。
雨の中をマイクロバスで再びマチュピチュまで登る。マチュピチュの入り口にはレストハウス兼ホテルがあって、ここには50名宿泊できるそうだ。しかし2年前から予約でいっぱいだそうだから、需要と供給はアンバランスである。
その軒先で雨宿りをしながら、ひたすら雨のあがるのを待っていると、ホテルの中ではちょうど宿泊客の朝食の最中だった。白人ばかりなので、何処か欧州のホテルの風景を見ているみたいだ。窓ガラスの外でうろうろしている私達を無視しようとしているのが良く分かった。うっとうしくてすみませんねぇ。
ほどなくして山岳地帯の天気らしく、目まぐるしい雲行きの変化と共に雨は小降りになってきた。圭林に行ったことはもちろん無いけど、こんな景色なのではないかなと思う様な幻想的な瞬間もあった。
マチュピチュの写真は、必ず遺跡の向こうにワイナピチュ山をバックに従えたものばかりだが、それらの写真は全てマチュピチュ山側から撮ったものだ。その方が絵になる。 マチュピチュは若い山、ワイナピチュは老人の山という意味なのだそうで、マチュピチュの方が圧倒的に高い。今日私達はそのワイナピチュに登るのだ。
昨日見た限りでは登山道などは見えなかったのだが、本当に上まで登れるのだろうか。しかも運動不足のこの身で。
ワイナピチュの登山口は遺跡の中を通過して行く。雨があがって間もないにも関わらず、遺跡の中は水はけが良い。遺跡の巡回路から少し外れた処に登山口になっており、無人の記帳所がある。夕方になって記帳した登山客が戻ったというサインが無い場合は、捜索がはじまるのだ。
この山は過去に何人もの人が落下して死亡している。
昨日はすぐそこに見えた山頂も、今朝は曇って見えない。雨も完全に上がった訳ではないから、ちょっときびしいかもしれない。
この山には、見張り台とインカの緊急避難路と畑の跡があるそうだ。
私達は元気良く登山道に足を進めた。細い一本道は一旦下へ向かい、それから本格的な登り道になる。登山を趣味にしている人に見られたら、初心者コースなのだろうが、普段運動不足の身には、きついものがある。
熱帯性と温帯性の植物に囲まれながら、シトシトと雨の降る中を歩いて行くと、滑らない様に気をつけているせいか、ふくらはぎのあたりが、突っ張る様に痛い。
この山からは、過去何人もの人が落下している。もちろん助からない。健脚で馴れた人なら30分で登れるそうだが、落ちるのは3秒だな。この年もニューヨークから来た日本人の女性画家が、落下したそうだ。
空気が薄い事は、全く気にならない。途中にはロープにしがみつきながら、一人一人通過する処もあって、それなりに小冒険は楽しめる。
半分程登ったあたりで雨は止んでいたが、周囲の景色は霧というより雲の中だった。黒いビニールのポンチョは有効ではあったけど、その中で体はムレムレ状態だ。
それにしてもワイナピチュ山は絶壁の岩山に見えていたのに、今自分で登って見ると緑豊かなただの山でしかない。2/3近く登ると、平らな部分も多くなって来た。明らかにインカの畑の跡だということが判る。

ちょっとした自然の洞窟をくぐり抜けると、頂上に着いていた。記帳所を出発しておよそ一時間。そこには絶景が広がってと言いたいところだが、真っ白な雲の中で聞こえるのは、遥か下を流れるウルバンバ川の濁流の音。ときおり鳥の声と虫の音が聞こえる程度。
やがて雲の切れ間が広がり、周囲の景色が正体を現した。遥か下にマチュピチュ遺跡が見え、その反対側の断崖の下にはウルバンバ川が、この遺跡とワイナピチュ山を迂回するかの様に蛇行していた。
頂上はむき出しの岩であり、その岩を削った簡単な腰掛けが一人分あるだけだ。周囲はアマゾンに通じるジャングルなので、不健康な土地という感じではあったが、この頂上だけはクスコの様なすがすがしさがあった。
ここにはマチュピチュの見張り番が、アマゾンの存在を暗示する湿った空気の中で、一人で空と山と神と対話していたのだろうか。始めのうちはアマゾン方面からの蛮族の侵入を、後期にはスペイン軍の来襲を見張っていたのだろう。
マチュピチュ遺跡の中にも、インカ前期の高度な石工技術と後期の粗雑なそれが混在しており、スペイン軍の侵略の手から逃れて隠れる為に、それまで出城の一つに過ぎなかったこの要塞を、急遽この様な大きな都市に作り替えたのだろう。
頂上には、落ち着いて寝ころぶ場所などは無く、手荷物も安定して置けるところも少ない。それでも私達はそれぞれに腰掛ける場所を探して、眼下の遺跡やアマゾンにつながる、半ばジャングル化した森を眺めていた。


雲間から見える遺跡は、私達が良く知っているアングルとは違って、階段状の構造が顕著に見えていた。但しあまり絵葉書の様な「絵」ではないと思う。やはりマチュピチュ山方面から、今私達の居るワイナピチュをバックに撮る方がロマンを感じる。
どれくらいの時間が経ったであろうか。私達がこの頂上に着いてから、若干の写真を撮る以外は特にすることも無く、この旅行中にあって最も贅沢な時間を持て余す頃、「さあ降りましょうか」という篠田氏の一言で、再び山を下りることになった。
昨日遺跡の中で見たよりも大きなヤスデがいた。およそ20cm。恐いのも忘れて棒の先でツンツンしたり、一緒に記念写真などを撮っている間にゆっくりと岩間に消えて行った。他には動物らしいものは見えない。そうそう昨日は遺跡の中で篠田氏がテンの糞を見つけた。捕まえて毛皮にして旅行費を稼ぐのも悪くない。採らぬテンの皮算用。
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