「パスポート・プリーズ」成田

 この日は平日なので、二人の子供は学校。嫁さんは学校の役員の仕事が忙しくて、出かけて留守であった。海外旅行が初めての私にとって、一大決心のもとに思い立った今回の旅行も、見送ってくれたのは隣の奥さんであった。昨夜は名古屋空港では、墜落事故で200名以上の犠牲者を出していた。

 所沢から成田まで行くには、およそ3時間。決められた集合時間までには、充分過ぎる程の時間があったが、それでも一刻も早くと、早る心を成田へと連れて行ってやりたかった。本当は他にも理由はあったのだが。

JR上野駅から京成に乗り替える時、上野公園の入り口付近から中まで、数人のイラン人(別に彼らに国籍を聞いた訳ではないのだが)が、名物の変造テレカをたくさん持って、客を探していた。

 一応縄張りがあるのか、或いはシンジケートから指示されているのか、お互いに距離を置いている様であった。こんな形での東京の国際化はカンベンしてもらいたいもんだ。

 時間が余り過ぎるので、特急の「スカイライナー」には乗らずに、普通の急行で行くことにした。回送かと思うほど乗客が少ないので、小学生の様に一番前の運転席越しに前方の景色が見える席に陣取った。

 普段の通勤では席に着いたとたんに眠ってしまうのに、 この日の車窓の景色は今でも鮮明に覚えているし、水の多い千葉県の美しい田園風景にはとても興味を覚えた。帰宅後一週間ものあいだ、私が社会人として使いモノにならないくらい、興奮状態が続いていたのが、今思い起こせば判るような気がする。ハイ・テンションな旅は、既にここから始まっていたのだった。

 成田空港の駅に着いて、空港ビルの入り口ではパスポートと手荷物の検査所がある。いきなりその係官から「パスポート・プリーズ」と言われ、ショックを受ける。

 このオッサンシバイタロカ?確かに私の顔は国籍不明だし、それは認める。オマケに右も左も判らずにキョロキョロしているので、怪しい外国人に見えたのであろうか。

 パスポートを見せながら「あの、日本人なんですけどぉ..」「そうでしたか、はは」 改めて自分の身なりを考えると、治安のよろしくない地域に出かけるので、現地に馴染む様な格好であった。いわゆるキタナイ格好というやつ。

 ツアー集合時刻の1時間半前に着いたので、海外旅行の初心者マニュアルを取り出して空港をくまなく歩き、予め専門業者を使って送っておいた荷物を受取り、集合場所付近の下調べも完ペキに済ませた。

 初めての海外旅行でこのツアーに参加するのは、多分私だけであろう。ここは一つ、バカにされないようにしなくては。この為に早めに家を出たのだし。そして集合時刻。

 女性8名、男性6名そして添乗員の合計15名は、点呼を終えて成田を後にした。

 旅行前の注意事項としては、いろいろあった様な気がするが、「高地での歩行は、宇宙遊泳の様にゆっくりと」それだけが印象に残った。後でそれをイヤというほど思い知らされるのだけど。

 出発の直前まで、航空会社の変更やら日程の延長(12日が14日に)やらで、若葉マークの私を翻弄してくれたが、とにかくツアーは無事に始まった。午後3時だった。


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