駅を出発するとやがて周囲はV字渓谷へと移り変わる。乗客の感心は当然、崖崩れの現場がどうなっているか?ということなのだけど、現場に行くまでの間に新旧の崖崩れの痕は無数に発見できた。これって結構恐い。
現場はそんな中にあって、やっとこさ列車が通れるだけの幅を確保していた。周囲には民家等無いのに、真新しい岩石の崩れた痕の前に、カラフルな民族衣装の女性がいる。工夫がみんな嫁さん同伴で作業しているらしい。
相変わらず客車の横揺れは激しく、私達の乗った客車は横の岩にゴッ!とぶつかった。後でマチュピチュに着いてから確認したところ、そこだけ塗装がはげて凹んでいた。
殆ど樹木の自生していない渓谷の底に続くのは、河と線路だけ。所々ユーカリがわざとらしく並んで立っている。いろいろ植えている中で、ユーカリが一番良いのだそうだ。
時々川の流れに沿って潅漑用水を取り込んでいる。それは取水した後も、ずっと川に沿って流れているのだけど、下流に行くに従って高低差がついてくる。もちろん用水の方が高くなっているわけで、十分に高くなったところで川に沿った細長い田や畑に注いでいる。
そして一軒の小さな民家。限りなく不便なところにも人が住んでいる。
峡谷なので日照時間も短いだろうに、と思ったけど、ここは赤道に近いので結構真上に日は昇るのであった。
ちょっとよそ見している間に、列車は先ほどまでの支流からウルバンバ川の流れに沿って走っている。V字渓谷はU字渓谷へと景色を変えていた。V字は川の浸食によって造られ、U字は氷河の爪痕である。
列車はここに至るまでに盆地のクスコを出た後、スイッチバックで高原地帯へと駆け上がり、高原地帯の農村を走った後に先ほどの峡谷へと下り、そしてウルバンバ川に合流したことになる。

一昨日訪れたオヤンタイタンボのすぐ近くに出た。私がトロッコか何かの線路だと思ったあの踏切を、確かに列車は横切って通り過ぎた。トロッコみたいなスピードで。
ウルバンバ川に沿ったU字渓谷のメインストリートに、左右のV字渓谷から支流が注ぐ。
樹木の殆ど生えていない緑色の禿げ山の尾根は、およそ45度の角度で迫って来る。
山岳地帯というものを経験したことが無い私には、この景色はひたすら大峡谷を進んで行く様に思えた。何故か横尾忠則の「月の大峡谷」という絵を思い出す。
樹木が殆ど生えていない為、列車の走っている谷底と、周囲の山の尾根との高低差がよく判らない。1000m位あるようにも見えるが。
そんな景色が続いたが、暫くすると景色に変化が見え始めた。周囲に熱帯性や温帯性の植物が目立ち始め、やがて景色も空気も日本の田舎と区別がつかないくらい緑に覆われてきた。川に沿って高度が下がったのだ。インカの本拠地クスコの気候とは、明らかに異なる。いつの間にか蒸し暑くなっていた。
途中の駅では乗客ともの売りとがごった返していて、原色に近い民族服がカラフルに展開している。窓から顔を出していると、あれを買えこれを買ってくれとやかましい。
人混みの中から「ハーイ!」と声を掛けられた。見れば昨日までのバスの運転手君が、ニコニコしながら私に手を振っている。今日は別の仕事で来ているらしいが、彼とはこの2日間にすっかり仲良しになっていた。私はホテルの従業員やドアマン達にも、朝夕の挨拶を欠かさなかったので、彼らの私に対する態度は他の観光客より遥かに丁寧である。
篠田氏も言っていたが、観光客がどれだけガイドをどれだけノセるかで、面白味も変わって来るそうだ。そりゃそうだろう。折角こんなところまで来たのに、何も得ないで帰るなんて信じられないと思うが、他の日本人観光客を見ていると実に奥ゆかしいのだが、現地の人から見れば不可思議で無愛想で失礼な連中だと思うだろう。
ロスで仲良しになった私の仲間は、篠田氏を取り囲んで楽しくおしゃべりさせてもらっていた。特に私は「あれは何?」「あそこはどうなっているの?」「当地ではこういう場合どうするの?」等と矢継ぎ早に質問を浴びせ、その度に篠田氏が立ち上がってみんなの方を振り返りながら説明をしてくれた。篠田氏としても、客の方から訊ねてもらいたい事を、私が的を得て質問てくれると歓んで戴いた。恐縮である。
つい先ほどまでの景色に代わって、線路にはみ出した身の丈以上に延びた草が、列車にバサバサと当たる様な周囲の状況。日本の山間部とあまり変わらない景色だ。ウルバンバ川の流れるこの渓谷も、U字から次第にV字へと変化してきた。
草ボウボウの列車の周囲も、よく見ると今は使われていない昔の石垣が顔を出していることがあり、インカ或いはそのあたりの時代の畑の跡と思われる。
峡谷のいくつかの駅には周辺の集落があり、集落には必ず小さいながらも教会があった。川と狭い幹線道路と鉄道と、そして点在する集落と駅。そんな景色に飽き始めた頃に、列車はマチュピチュの駅に到着した。
●ホームへ●