バスはピサックの村を後にして、ウルバンバ川を背に旧都クスコの方角に向かった。これからクスコ周辺に連なる4つの遺跡を巡る為、バスは3千メートルの高みへ駈け上がって行く。
昨日感動した、カーペットに皺を寄せた様なアンデス高原の景色が見えてきた。岩と草と若干の潅木。それに点在する家畜の群れと牧童。舗装されていない国道の周辺の景色はそれだけだ。遺跡そのものは、ガイドブックの写真と全く同じ物なので、それほど感動するものではなかったが、周辺の景色や思わぬ発見が楽しい。
水は高い所から低い方へ流れる。当たり前の事だけど、インカの水浴び場跡と言われるここの夥しい水は一体どこから供給されるのだろう?小高い丘の頂上に近いところに建設されたこの遺跡の謎は、この水源がどこにあるか判らないところだという。
確かにこの遺跡より高い裏手の頂上との高低差は僅かしかないので、この乾いた様に見える土地に、それだけの水を溜める容量があるのだろうか?と誰もが同じ事を考えるだろう。

ただ、遺跡の横の丘に足を運んでみると、斜面を覆う苔に似た高山植物の根本を、無数の水の流れがあった。これで判った。土地が乾いているのではなく、水を吸い上げる樹木が無いのでそう見えるだけなのだ。
小川も流れている。
遺跡から流れる水は、そのまま小川に流れ込むのではなく、小川と立体交差した丸木を削った用水路を伝って、潅漑用水路として他に流されているようであった。インカは石工と水に関してはかなりの技術を持った文明であった。命の水に与えられた位置エネルギーは、有効に使われる。
こんなところにも、みやげ物を売る人々が居た。ピサックより高い。
この遺跡の本当の名前を知る者はいない。ケチュア語で「赤い城」「暁の城」とかいう意味になるそうだが、かなり後世になってこの破壊された遺跡が発見された時に、付近の住民が勝手にそう呼んでいたのが、そのまま使われているのだそうだ。
ツアーの人同士で写真を撮り合っていると、被写体のすぐ横に女の子が寄ってきて一緒に写ってしまう。記念写真を撮ってもらっている本人は、全く気が付かないうちに、スっと寄ってくるのだ。それで金を要求してくるのだが、その近付き方といい笑顔の作り方といい、正にプロフェッショナルのモデルであった。おみごと。
彼女等は、観光客がいない時は、無数に放牧された羊の番をしているのだ。
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