夜空に響く祭りの楽音

 私達の部屋にはTVなんて無いのだが、フロントのカウンターの上にポータブルのが一台あって、なんとか番組の内容が判る程度の映りではある。そこに映っていたのは、日本のアニメ「キャプテン翼」であった。かつて日本のサッカー少年を熱狂させた映像が、南米でゴールデンタイムに放映されている。

 部屋のバスルームは、今までのバスタブに比べれば湯船と言えるほど深いので、夕食前から湯を溜めておこうと、出の悪い湯栓を開いておいた。部屋は暖房も無く寒いし、おまけに乾燥しているので、一石三鳥を狙ってみた。が、夕食から帰ってみると、溜まっていたのは、ウルバンバ川の水をそのまま汲んで来た様な、濁った水だった。ボイラーの調子が悪いらしい。もっとも、小さなボイラーでこのホテル全体の面倒を見ること自体に無理があると思う。

 わざわざ名古屋から参加している服装デザイナーの光永さんが、鍵が開かないと言っている。私の部屋も調子がよくないのだけど、コツを掴んでいたので多分同じ症状だろうと思ったら、案の定だった。「アランの部屋の鍵とよく似とるね(名古屋弁だ)」「ハハ本当だ、開いちゃったりしてね」「がちゃ...」「...開いちゃったね」。鍵について言わせてもらえば、いい加減の極致である。せっかくだから、光永さんと同室の滝本さんとは夜這いの約束を取り付けておいた。そういえば、リマのホテルでもそういう話になっていたのだが、その後約束が果たされた事実は無い。

 ガイドの篠田氏はなかなか気さくな人で、ツアーのメンバーもなかなか彼の側を離れようとしない。次から次へといろんな角度から話が出てくるので、片時も聞き逃せない。

 夕食後はホテルの庭で、南半球の星座についてレクチャーを受ける。ナスカの地上絵もこの地方独特の星座と関係があるそうだ。

 初めて見る南十字星は、想像とは全く異なっていた。白鳥座の様に星が十文字に並んでいるのかと思っていたら、洋凧みたいな4つの星だった。こんなものでも、大航海時代の先駆けであった強者共には、神の御加護ここに有りというシンボルであったに違いない。ご丁寧に偽十字星なるものまであって、なかなか奥が深い。

 都会ではもう絶対に見られないミルキーウェイからは、せせらぎの音が聞こえてきそうである。

 自分の部屋に帰ってもTVがあるわけじゃなし、退屈だと思っていたら、山本さんの部屋でまたもや元気隊が集まって、味噌汁パーティーが始まった。高山病が恐くてアルコールは控えておきたい。22:00を少し回ったところで散会し、外に出たところで、篠田氏に出合った。村に出て一杯飲みに行きたいというので、同行することにした。

 ついでに、滝本さんと光永さんも誘ってみた。どうせ湯が出ないので、風呂に入るわけでもなく、TVがあるわけでもなく退屈しているだろうと思ったら、その通りだった。

 大きな門の横にある小さな木戸を開けて、ホテルの敷地を出る。水銀灯の明かりで以外と明るい。2〜3年前にこの村全体に設置されたそうで、その前は夜になれば村全体は真っ暗だったのだ。

 残念ながら、飲み屋はどこも既に閉店した後だった。本当のことを言えば、私は飲み屋がどんなところかは見当がつかないのだけど、開いている店が無いのだ。結局メインストリート兼国道をウロウロしただけだったが、道すがら篠田氏から様々な事を学ぶことが出来たので、氏には気の毒ではあったが、こちらは結構楽しかった。

ヒマシ油の原料になる植物の赤い花が咲いていた。

 虫の姿が全くみられない。何故だ?

 昼間から気になっていたのだが、電線にモコモコした藁クズの様なものが巻き付いていて、鳥の巣でもないし緑色だから植物なのかもしれないが蔓も無い。何だろう?篠田氏によれば、地い類とのこと。なるほど苔の仲間か。でも何故わざわざ電線にだけ巻き付いているのだろうか。高圧線の周りの磁界が発育によいのだろうと、勝手に決めた。時々纏わり付きかたが酷い場合は、電線の負担になるので掃除をするそうだ。滝本さんは「地い類」というキーワードがとても気に入ったらしい。

 一杯やるのはあきらめて、国道をホテルの方角に歩き出したところで、正面の村外れの方角から、フォルクローレ(民族音楽)の楽音が聞こえて来た。ドラムとエレキギターの音が目立っている。よし行ってみようと歩きだしたのはよいが、私達の泊まっているホテルを越えて、村外れの真っ暗なところまで来ても、おかしなことに楽しげな音は一向に近くならない。それでわかった。あの音は隣村のものだったのだ。何キロも離れてはいるが、空気が澄んでいて喧騒の無いこの谷間を軽々と伝わって来た。真っ暗な国道の方角からはいつまでも楽しげなリズムが聞こえていた。まだ見た事もない収穫の祭の風景が目に浮かんだ。

 月が登る前の夜空には、ミルキーウェイをはじめとする無数の星が煌めいている。都会育ちの私にはそれだけでもう嬉しくてしようがない。先ほど覚えた南十字星と偽十字星、それに日本で見るより大きな北斗七星がひときわ明るい。蠍座のアンタレースは、お約束通りに真っ赤に輝いている。流星が無数に落ちる中、願い事をこれにしようと考えている最中に流れたのだが、あれは有効であって欲しいと思う。

 夜更けはかなりヒンヤリする。ホテルに帰ってから部屋に暖房機を借りることにした。明朝の朝風呂で風邪をひいてはたまらない。運ばれてきたのは戦前の日本を彷彿とさせる様なしろもので、たいそうな木枠に旧いツマミのスイッチが一つ。旧式のラジオを思い出させてくれる。一本の長い電熱線の後ろには金属の反射版が取り付けてある。それでも有ればありがたい。こんな重い暖房機を運んでくれたホテルの従業員には感謝する。熱効率はよくないが製造コストが安いのだろうな。

 今日は本当に様々なものを見た。目を閉じたとたんに、頭の中ではクスコからこのユカイ村までの道をトレースし始めた。息が多少苦しいような気がする。高山病が心配だ.....


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